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感覚 [どうでもいいんだけど]

比較的若くして両親共に亡くしたのですが、いなければいないで「その通り」に生きていくしかなく「当たり前」になっていきます。

両親がいないことに関しては、それなりの苦労はしましたが、ある程度の大人にもなっていたので親戚縁者にも頼らず、それこそ運命であり仕方のないことと受け入れました。


叔母さん、いとこが不憫に思ってか、有り難いことによく集まりに誘ってくれます。

その中で、70才過ぎの年配者の会話に私が入っての団らん中。


昭和の昔話や、年配者同士の会話で、私では分からない話が出てきたときです。

おばさんが、私の代わりに会話のフォローをしてくれた時。


感覚が。子どもの頃に戻ってしまったのです。ググっと。


幼い頃の温かい大人達の中で何も考えていなかった時の自分。
私の事を産まれた頃から知っているおばさんは、ここではおばさんしかおらず、こんな40半ばの私を、子どもの「〇〇ちゃん」としてみている、おばさん。

ここ数ヶ月は夫の親戚の集まりで、嫁としての役割を存分に意識させられ、そしてそれなりに頑張り、忙しい毎日の暮らし、学校役員での役職、親戚の高齢者のお世話、子どもは素直に言うことも聞かなくなってくるし・・・。
そして様々な選択をして、自然に大人になってきていたのです。

矢面に立ってくれていた両親がいなくなってからは、知らなくていい嫌な思いもしましたし、知らずに気を張り何十年も頑張っていたのかもしれません。

マイナスな感情さえも、無駄なことだと知り、あまり味わうことのない経験をしてるんだな、なんて気持ちに整理をつけていたかも。


もちろん大切な温かい家族はいますが、またそれとは違う。友達もたくさんいますが、大切だからこそ心を許さない、打ち明けないことも。



私が産まれた頃からの歴史を知っていて、お付き合いがある高齢者はおばさん一人であり、優しくしてくれるからこそ、おばさんに対しては感謝の気持ちがいっぱいで。

小柄で、いつもおとなしく遠慮がちで、守ってあげたくなるようなおばさんが、私のフォローで話をしてくれた時にストンと子どもにかえってしまった・・・。


なんてことのない会話でしたが、何十年も忘れていた懐かしさと有り難さと、なんだか涙が出そうになり。


さみしいとか、孤独とか、そんなものは十分に分かっていたつもりですし、かえって孤独だからこそ何が大切でそうでないこととか同年代とは少し違う形で理解していたかもしれないな。


人にも言えず、辛くて辛くてたまらない時、こちらのブログで何を察したか?シベリア抑留生活を送った高齢の元日本兵の方がなぜか一度だけコメント返信して頂いた時には、驚きと私の辛さとは比較にもならない事実を知り、上には上がいると申し訳ないのだが、悩んでいることがしょうもなく恥ずかしくなり、気持ちが軽くなってしまったのも事実・・・。


NYの自由の女神のモニュメントから見下ろしたときに「なるようにしかならないんだな」「悩んでいるのくだらないかも」なんて思ったのと似ているのかも。



夜中になると、母にも妻にもならなくてすんで、常識非常識とか考えなくてすんで、チューハイを飲みながら、好きな曲をヘッドフォンで聴きながら、いろんな感情と孤独を楽しむ本来私に戻り、起動修正をし明日からまたお母さんをするのです。




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